広告の歴史とは 世界・日本の広告の歴史について基本知識を解説

#広告コラム

2019.03.26

<はじめに>

現在では、「テレビ」・「ラジオ」・「新聞」・「雑誌」などの
いわゆる「マス広告」やインターネットの普及に加えて、
スマートフォンやSNSが大きく広がりを見せ、
「ネット広告」が急速に広まりを見せています。

またその他にも、「交通広告」や「屋外広告」、
「空中広告」など現代においてはありとあらゆる広告がありますよね。

ここでは、現在の広告の起源はいつ頃から始まったのか、
さらに世界と日本の広告の歴史を比較し、
広告が日本社会に浸透した背景などもご紹介していきます。

広告の歴史を振り返ることにより、
現在の広告の成り立ちが見えてきますので、ぜひ参考にしてください。

広告とは?

そもそも広告とは、どのような事を指すのでしょうか。
広告と言っても、その種類は様々ですし、
人によっては新聞広告をイメージするかもしれませんし、
またある人にとってはTV広告をイメージするかもしれません。

このように、その人によって媒体に対するイメージが異なります。

一般的には広告とは、日本においては「告知活動」自体を指すことが多いです。
しかし、広告の意味合いは世界規模でみると少し異なる傾向に。

世界的にみると広告は、さらに広義の意味合いで見ることが多いようです。

広告と広告媒体をしっかりと区別していることが多いですし、
広告は何らかの情報を伝えるための「広告物」であり、
それらの広告物を掲載する媒体こそが、テレビや雑誌、インターネットにあたります。

このような広告が、都市圏を中心に様々な媒体を通して発達していきました。

日本の広告の歴史

ここでは、日本の広告の歴史を遡ってみたいと思います。

日本で広告が普及しはじめたのは、第二次世界対戦が終わりを告げた1950年代の頃、
景気が上向きとなり高度経済成長期に差しかかり、日本には多くの変化がもたらされたのです。

その変化の1つが、情報源として活躍していたラジオに代わり、テレビ放送が開始をされたこと。

そして、人々にテレビを通じて西洋の映画が放送され、
オードリー・ヘプバーンの代表作である「ローマの休日」などの影響で、
モダンなファッションが日本にも流行しました。

さらに、この頃から海外のサブカルチャーも国内へ流入したことで、
様々なアートに興味を示す人たちも増えていったのです。

日本が戦後の復興とともに、
前向きな社会へと生まれ変わるこの時期からさかんにポスター等の広告が普及しはじめました。

しかし、日本広告の歴史が1950年代に始まりかというとそうでもありません。

電通が1951年に刊行した「広告50年史」によると、
国内の広告そのものの始まりは江戸時代前期にあたる
「暖簾(のれん)」と「看板」がはじまりと言われています。

その後、「読み売り」というちんどん屋の元祖と呼べる「宣伝マン」が登場し、
「引き札」という江戸時代ならではという「広告チラシ」が世に出回るようになりました。

初期の引き札は、1色から2色構成でありましたが、
文明開化と共に、木版画や活版印刷の発展に応じて、色鮮やかな構成に。

引き札の種類として「商品チラシ」や「折り込み広告」、
「手配りのビラ」、「景品」などがありました。

戦後、株式会社電通が広告専業に!

戦後日本に話しを戻しましょう。
戦後の日本は、1901年に創業した株式会社電通が、広告専業となった時期でもあります。

広告専業となった電通は、「宣伝技術部」と「調査部」の拡充を図ったそうです。
宣伝技術部とは、実際に市場調査のデータに基づき広告を作成する部署。

そして調査部とは、家庭訪問や科学的な市場調査を行う部署になります。

発足当時は、14〜15人で広告統計をとっていたそうですが、
これを約10年で200人強の増強を図り、毎月のべ300人のアルバイトを雇ったそうです。

これが日本の「マーケティング業務」のはじまりと言われています。

その後、テレビが普及しテレビ広告市場が急激に拡大していきました。
これが「4大マス広告」の起源といえるでしょう。

テレビ広告が普及する前は、新聞やラジオ広告が一般的で、
テレビは各家庭で購入するのは高価だったこともあり、
テレビ広告は広まらないだろうと思われていました。

しかし、テレビを街頭に設置するという発想を展開したことで、
家庭では見ることができないテレビに観衆が群がり始めました。

これにより、加速度的にテレビの普及や、テレビ広告が広まったとされています。

このような流れを経て、日本にマス広告が普及し始めました。

1990年代マス広告の需要がますます拡大!

1990年代に入り、ますますテレビや雑誌、新聞、ラジオ等のマス広告が拡大を見せます。

日本はこの頃、バブル景気と呼ばれ、資産価格の上昇と好景気に見舞われており、
テレビやラジオ等のマス広告を通して、必要以上に不動産価値の宣伝などが行われました。

まさに「バブル経済」と呼ばれる時期であり、
それに応じて「4大マス広告」も黄金期といえるものになったのです。

2000年代前半からマス広告が徐々に縮小傾向に!

この頃の日本は、バブル経済が崩壊を迎え、経済状況が徐々に悪化をしていきます。
また、それに比例する形で、4大マス広告も徐々に縮小傾向に。

またそれと同時に、2000年代前半からインターネットの普及が目覚ましく進歩をし、
携帯電話でも気軽にインターネットを楽しめるようになりました。

各家庭内に、ADSLが次々と導入され、メールの送受信を含めて、
場所を問わずにネット環境に接続でき、
この頃からインターネット広告が普及しはじめたのです。

その多くは、バナー広告やアフィリエイト広告、リワード広告、リスティング広告などでした。

このようにして、日本の広告市場は現在に至るまで
一定の「マス広告」の需要を残しながらも「インターネット広告」の伸びが見られているのです。

世界の広告の歴史

世界の広告の歴史について紐解いてみたいと思います。
世界の広告の歴史の中で、最古の広告と言われているものは、
5000年前のバビロニアで発明されたと言われています。

その当時は、現在のような紙などはなく、
煉瓦に象形文字を刷り込んだものが一般的であったそう。

煉瓦に王の名前や、建立したお寺の名前を刻むことで、
それ自体が宣伝になるという目的でした。

また、広告代理店の歴史は、
1,800年代のイギリスで始まったと言われており広告主から手数料をもらい、
新聞広告のスペースを代理で購入したことが始まりと言われています。

「広告」を「代理」で購入するから「広告代理店」と呼ばれる語源となったそうです。

広告そのものは、日本も世界的に見ても、まず「何かを伝える」という目的のもと、
その時期その場所にある物を活用しスタートしたという歴史がありました。

そして、徐々に広告を掲載するための媒体の種類が増え、
媒体自体もその時々により変化し、今に至るのです。

まとめ

ここでは、日本の世界における広告の歴史について触れて参りました。
広告は、古くは江戸時代頃から本格的に、
情報を周囲に知らせるという目的のもと、活用されてきました。

その当時は、看板や引き札が中心でしたが、
徐々に新聞・雑誌・ラジオ・テレビの普及と共に、
媒体を変えつつ広告が掲載されていったのです。

1,990年代までは、マス広告が中心となり広告市場を牽引してきましたが、
現在では、マス広告に加えて、
インターネット広告、交通広告、屋外広告など様々な種類が存在します。

広告の歴史を振り返ると、そのときどきの時代背景も学ぶことができますね。
これら広告の歴史を振り返り、
現在やこれからの広告のあり方について考えていきましょう。

 

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